ティーレマン+ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲チクルスへの助走:交響曲第3番《英雄(エロイカ)》
なお、予習に向けての経緯はここ。
交響曲第1番についてはここ。
交響曲第2番についてはここ。
交響曲第3番《英雄》についてはここ。
交響曲第4番についてはここ。
交響曲第5番《運命》については1回目はここ、2回目はここ、3回目はここ。
交響曲第6番《田園》については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ。
交響曲第7番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここ、5回目をここ、6回目をここ。
交響曲第8番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ。
交響曲第9番については1回目をここ、2回目をここ、3回目をここ、4回目をここに書きました。
(全予習が完了したので、全予習へのリンクを上記に示します。参考にしてくださいね。)
今日は3回目で、交響曲第3番変ホ長調《英雄(エロイカ)》Op.55。
ベートーヴェンが1804年に完成させました。第1番が1800年、第2番が1802年完成だから、2年おきに立て続けに作曲されています。初演は非公開でまず、1804年にロブコヴィツ邸で、そして、公開の演奏会は翌年の1805年にウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で行われました。
この第3番はそれまでの交響曲の概念を大きく革新する内容で、さらに長大な交響曲の幕開けになった作品でもあります。ベートーヴェンはその後、さらに長大な第9番を作曲しますが、この第3番は長大かつ大規模な交響曲の先駆けとして、ブルックナーやマーラーの交響曲群の先達とも言える記念碑的な作品です。
この第3番はあまりにも有名な作品です。これまで幾度となく、聴いてきました。実演でも、ジョルジュ・プレートル指揮ウィーン・フィルの来日公演で凄まじい超名演を聴きました。それでも、今回は初心にかえって、じっくりと再度の鑑賞を試みます。
以下、今回、CDを聴いた順に感想を書いていきます。計14の演奏を聴きました。
まず、ウィーン・フィル以外です。
ハイティンク、ロンドン交響楽団 2005年録音
第1楽章、まことに小気味のいいテンポでピタッとつぼにはまった見事なアンサンブルで爽快極まりない演奏です。比較的、小規模に抑えたオーケストラの統率のきいて、引き締まった響きが魅力的です。
第2楽章、ことさらに荘厳さは演出せず、淡々と自然な表現に好感を覚えます。
第3楽章、張りのあるアンサンブルでのりのよいテンポで引き締まった演奏。
第4楽章、伸びのよい弦楽アンサンブルの瑞々しいこと! 特に対位法的なパートの演奏には惚れ惚れします。また、コーダの高揚感は例えようもありません。
全体にアンサンブルの素晴らしさと活き活きしたテンポのよさが光る快演です。
ワルター、コロンビア交響楽団 1958年録音
ワルターのエロイカと言うと、何かイメージが合わなそうな雰囲気がありますが、これは改めて聴いてよかったと思います。素晴らしく充実した音楽です。ワルターのベートーヴェンは偶数番号だけなく、奇数番号もとても素晴らしいと思います。ワルターのベートーヴェンは、力強さを持った上でよく歌わせるというスタイル。これはワルターでなければ、なし得ないベートーヴェンです。贅沢を言えば、ウィーン・フィルの演奏で聴きたかったというところです。
クーベリック、ベルリン・フィル 1971年録音
クーベリックのエロイカということで、爽やかで清々しい演奏を期待しましたが、ベルリン・フィルとの組み合わせのせいか、どうも固い感じが耳について、正直、期待外れ。悪い意味で、カラヤン+ベルリン・フィルの音を聴いている感じ。立派な演奏ではあるのですが・・・saraiの趣味ではありません。極端にテンポが遅いのもsaraiの感覚に合いません。
トスカニーニ、NBC交響楽団 1949年&1951年録音 モノラル
一糸乱れずに進んでいく強靭なアンサンブルです。どの曲でも、トスカニーニの演奏は決してブレることがないようです。常に一本調子と言ってしまってはそれまでですが、ここまで徹底すると見事の一言。
こういうエロイカを聴いてしまうと、ほかの演奏が生ぬるく感じてしまいそうです。
第1楽章は一気呵成の勢いで突き進みます。
第2楽章はトスカニーニ特有のカンタービレ、底堅い芯のしっかりした響きで歌いまくります。
第3楽章は快速で、凄まじい勢い。一気に風のように通り過ぎていきます。
第4楽章は、そして、何という素晴らしさ! 雄々しく、輝かしい演奏に感動を覚えます。
こういう演奏を聴いていると、今更ですが、トスカニーニにはまってしまいそうです。
コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1960年録音
まことに堂々たるゆるぎのない演奏です。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の当時の実力の凄さを見せつけられる思いです。美しくしっかりした素晴らしいアンサンブルです。第1楽章はゆったりしたテンポですが、自然な表現に思えます。第2楽章はまるで巨大な山のようにゆるぎないものです。そして、第4楽章は水際立った見事なアンサンブル。木管の響きの美しさが脳裏からいつまでも消えません。
フルトヴェングラー、ベルリン・フィル 1952年録音 モノラル
RIAS録音集の中の1枚です。以前聴いたときの感銘を覚えています。
今回、聴き直すと、雄渾な演奏ではありますが、第4楽章のコーダの凄まじい勢い以外は、枯れた感じが漂います。特に第2楽章は深い味わいの音楽です。しかし、これはフルトヴェングラーに期待する圧倒的な推進力というのとは別の世界です。何だか、肩透かしと言えば、そんな感じ。本当はフルトヴェングラーのエロイカはこのベルリン・フィルとEMI盤のウィーン・フィルの2枚を聴く予定でしたが、不完全燃焼に陥ることを恐れて、本命中の本命、ウラニア盤のウィーン・フィルも急遽、聴くことにしました。
ここからはウィーン・フィルの演奏に移ります。録音年の順に聴いていきます。
フルトヴェングラー 1944年録音 モノラル
いわゆる、ウラニア盤です。戦時中のウィーンでの録音です。ベルリンに進駐したソ連軍がベルリンの放送局から持ち帰った放送用テープからメロディヤがリマスターしたCDで聴きます。これは素晴らしい音質です。
今までは、オーパス蔵盤で聴いていましたが、このメロディヤ盤は同じ演奏とは言え、凄い演奏です。まさに白熱した演奏です。戦時下のウィーンでこんな高水準の音楽が聴けたなんて驚愕してしまいます。逆に戦時下の限界状況のなせる業だったのか、定かではありませんが、1942年の有名な第9番(ベルリン・フィル)と並んで、素晴らしい演奏であることは間違いありません。
第1楽章終盤の凄まじい切り込み方は何と言う迫力でしょう。
第2楽章は高貴ともいえる表現。孤高の高みにある演奏です。中間部の高揚では感動を覚えます。哲学的とも思える実に深い演奏です。これはベートーヴェン演奏の一つの極致と断言できます。
第4楽章は開始後すぐに白熱した演奏になっていきます。まさに感動の渦の中に巻き込まれ、頭の中が真っ白になります。フルトヴェングラーの指揮も凄まじいですが、それを音楽として具現化するウィーン・フィルの実力たるや、凄いの一語です。終結部はもう息もできない迫力です。
この演奏を超えることは今後とも決してないだろうと確信するような、空前絶後の演奏記録です。
フルトヴェングラー 1952年録音 モノラル
EMIの新リマスター盤です。これも素晴らしい演奏です。フルトヴェングラーのゆるぎない解釈のもと、ウィーン・フィルの響きの美しさが心を打ちます。
第1楽章から白熱した演奏。第2楽章はいつものゆったりしたテンポで美しい響きをじっくりと聴かせてくれます。ただただ、拝聴するのみです。
第4楽章、雄渾ではありますが、ウラニア盤のような魂の燃焼までは感じられません。
シュミット・イッセルシュテット 1965年録音
まったくもって、堂々とした輝かしい演奏です。ウィーン・フィルの美しい響きは秀逸です。それにしても、何と包容力に満ちた演奏でしょう。
第4楽章も勢いではなく、とことん磨き抜かれた美しい響きでうならせてくれます。シンフォニックな演奏の究極にも思えます。
ベーム 1972年録音
伸びやかでウィーン・フィルらしい美しい演奏です。端正でありながら、気力のみなぎる演奏です。
第2楽章の中間部のがっちりと堅固でありながら、輝くような美しさは特筆できます。第2楽章全体に感じられる瞑想的な雰囲気も合わせ、この第2楽章の演奏は素晴らしいものです。
バーンスタイン 1978年録音
颯爽とした魅力的な指揮です。ウィーン・フィルの柔らかく美しい響きと相まって、素晴らしい演奏です。
第1楽章の軽快でリズミックな流麗さはいかにも、バーンスタインがウィーン・フィルを振るとこうなるだろうという納得の演奏です。
一転して、第2楽章の暗い沈んだ表情の演奏も見事。
第4楽章、良い演奏ではありますが、期待するほどの盛り上がり、白熱感には欠けるのが少し残念ですが、立派な演奏です。
アバド 1985年録音
シャープで爽やかな演奏です。ウィーン・フィルの美音はここでも冴えわたっています。重厚な感じはありませんが、十分にスケールの大きさも感じます。
第2楽章も美しい演奏です。しかし、何故か、心に残るものが少なく感じるのも事実。
決して悪い演奏ではありませんが、すっと聴き逃してしまいそうです。押しつけがましさがないとも言えますけどね。
ラトル 2002年録音
拙速に感じる溜めのない演奏です。せかせかした感じに聴こえます。特別にテンポが速いわけではありません。第1番、第2番では成功していたモダンな演奏スタイルもこのエロイカでは裏目に出たかもしれません。
それでも、第2楽章では幾分速めのテンポがしまりのいい演奏になって、哀感も込められた素晴らしい演奏です。中間部の盛り上がりも申し分、ありません。
第4楽章はモダンで緻密な凝縮感に満ちた演奏です。色彩感あふれるリッチなサウンドに耳が心地よく感じます。
第1楽章の拙速ささえなければ、とても素晴らしい演奏になっていたかもしれない残念な演奏です。
ティーレマン 2009年録音
もちろん、これを聴くのが目的! これを最後に聴きます。
第1楽章、かなり遅めの荘重な雰囲気。これでもたつかないのはウィーン・フィルの実力でしょうか。このテンポだからこそ、思いっきり、ルバートをかけて、思い入れたっぷりのメリハリをつけた演奏です。このあたり、好き嫌いが分かれるところではありますが、腕力にものを言わせて、押しまくるのがティーレマンの凄さとも言えます。実に面白い演奏です。
第2楽章、この楽章も荘重な始まり。歩みはあくまでもゆったりと抑え込まれます。抑圧された歩みはどこまでも続きます。これもティーレマンの力技ですね。エネルギーがどんどん蓄積される感じです。まるで十字架を背負う人間の重い足取りのようにも感じます。それでも前に進まないといけない人間の運命なのか!と感じます。悲愴感も漂います。宿命との闘いでしょうか。段々と感動を覚えていきます。美しく底固いパワーを秘めた、凄い演奏です。
第3楽章、一転して、怒涛のような勢いの奔流です。ティーレマンらしい推進力がさく裂します。
第4楽章、力強い開始。思いっきり、パウゼ、テンポ・ルバート。そして、次第に核心部に突入していきます。繊細な表現と力強い表現が交錯して、白熱していきます。底流に重量感のあるエネルギーがみなぎっています。思い切ったゲネラル・パウゼ(演奏がストップしたのかと思うほど)、そして、流れが止まろうかというほどに歩みが停滞します。やがて、堂々とした輝きを取り戻し、終結部も近づきます。いったん、沈静化し、エネルギーを蓄積していきます。グランドフィナーレへの凄まじい突進で、長大なエロイカの幕を閉じます。
いやはや、圧巻の演奏でした。
14枚のCDを聴き通して、さすがに疲れました。
フルトヴェングラーのウラニア盤は栄光に満ちたCDです。何も比べられるものはありません。また、ウィーン・フィルほど、このエロイカに向いたオーケストラもないと思います。名演奏だらけです。トスカニーニの素晴らしい演奏も何度も聴きたくなるCDです。それにティーレマンのライブ向きの演奏も素晴らしいと感じました。
肝心のティーレマンのベートーヴェン・チクルスの聴きどころです。
1.ティーレマンの重心の低いパワフルな指揮。
2.即興性のあるルバート、パウゼ、強弱のメリハリ。聴きどころが満載です。
3.第2楽章の重々しい表現も聴きものです。
第4番以降は少し時間を置いて、続けていきます。お待ちください。
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この記事へのコメント
sarai さん、ご無沙汰しています。Steppke です。
Thielemann 指揮の第4番・第3番を聴いて来ました。
まあ、相変わらずの Thielemann 節というか..遅い処は極端に遅く、速い処は極端に速く、静かな箇所はあくまで押さえて、盛り上がる部分はあおりにあおって、と次にやることの予想がつくというか、簡単に言ってしまえば虚仮おどし..あまり深い感動というものは、ありません。
オケについて言えば、管が弱かったですね。特に第3番。
昔は、Beethoven の交響曲と言えば、管をダブらせていたように思いますが、最近はやらないのでしょうか?
2管(ホルンのみ3本)なのに、弦は16の編成で、特にトゥッティでは腕が折れないか心配になるくらいに強く速く弓を動かすので、管が埋もれてしまってました。
まあ、Parterre Loge(下側のロージェ)の前方という、座席のせいもあるかも知れません。
2, Steppkeさん 2013/11/05 23:33
(続き)
コンマスは Küchl さんと Steude さんで、これは別の日に行った Buchbinder の協奏曲でも同じだったので、来日もこの二人なのでしょう。
Thielemann は、相変わらず、Küchl さんに個人的な指揮をしているようで、Küchl さんもたまには眼を合わせねば悪いなぁといった感じで、嫌々(?)顔を上げていました。
(Thielemann は、たまに反対側の第2ヴァイオリンのトップを見て笑ってましたが、Küchl さんが反応した後にと思ったのは考え過ぎ?)
しかし、ヴィーン・フィルの音色は美しいし、単純に盛り上がることは盛り上がるし、聴いていると..まあ素晴らしいものではありました。(無理やり感動させられたという感じも無きにしも..)
終演後の熱狂は、相変わらずでした。
3, saraiさん 2013/11/06 23:39
Steppkeさん、こんばんは。
ティーレマンの来日直前レポート、ありがとうございました。ティーレマンはいつものとおりなんですね。ティーレマンのベートーヴェンはキュッヒルさん抜きには考えられないので、ティーレマンがキュッヒルさんだけを見ながらの指揮も、それはそれで合理的なんでしょう。管の編成は標準的なものでしょうが、楽友協会のホールの響きも影響しているのでは?
CDで聴く限りは普通ですが、ウィーン・フィルはやはり、弦が看板なので、弦中心というのもありかと。
ウィーンでも熱狂したんですね。サントリーも負けずに熱狂するでしょうね。ああ、楽しみ。もう明後日に迫りました。
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