伊藤恵 ピアノ・リサイタル@横浜上大岡ひまわりの郷ホール 2018.5.20
久しぶりに伊藤恵のピアノを聴きましたが、その演奏は期待以上のものでした。ベートーヴェンもシューマンもショパンも同様に最高水準の演奏で、とても満足できました。驚くべきことにどの作曲家の作品も演奏スタイルはほぼ同じです。作曲家自体の作品が独自の個性を持っているので、同じスタイルで演奏すると、どうしてもどこかに違和感が残るはずですが、このピアニストの場合はまったくそういうことがありません。彼女の演奏スタイルは実にオーソドックスだから、こういうことが可能になるんでしょう。普通、オーソドックスな演奏はえてして、つまらないものになることが多いのですが、彼女の場合、この若さで既に巨匠の風格すら感じさせられます。その演奏のベースは深々とした柔らかい響きです。saraiは硬質のピュアーなタッチを好みますが、そういう好みを超えて、納得させられる響きです。その響きにふさわしい、ゆったりとしたテンポのピアニズム。しかし、決して遅すぎないテンポです。テクニックはきっちりしていて、完ぺきにインテンポで進んでいきます。アーティキュレーションも素晴らしく、聴きごたえがあります。その安定したピアニズムのなかで強い感情移入もみられます。彼女の音楽表現にこちらも次第に音楽世界に没入していきます。
前半のプログラムのベートーヴェンはその正統的な表現にとても感銘を受けました。「ワルトシュタイン」は終盤の盛り上がりが見事でした。短い第2楽章の表現も素晴らしかったです。しかし、さらに素晴らしかったのはアパッショナータです。第1楽章の序奏から緊張感の高い演奏で、聴き慣れた曲であるにもかかわらず、飽きることのない高い音楽表現です。ベートーヴェンをここまで弾ける人が世界にどれだけいるでしょう。第1楽章の堂々とした輝かしい演奏。第2楽章の深い精神性。第3楽章の終盤のスリリングで緊張感高い演奏。名人クラスの素晴らしい演奏でした。
後半のプログラムの最初はシューマンのアラベスク。これはベートーヴェンの演奏を上回るような素晴らしい演奏でした。シューマンの本質を突いた見事な演奏。どこか懐かしさを感じさせるような演奏、そして、シューマンならではの曲想の転換の見事さ、さらにはフィナーレのロマンティックな夢見るような表現には大変な感銘を受けました。
最後はショパンの12のエチュード Op.25です。これは正直言って、あまり、期待していませんでした。むしろ、シューマンのクライスレリアーナでも聴きたかったなあと思っていました。しかし、これも予想を覆す見事な演奏でした。とりわけ、最後の4曲は鳥肌の立つような凄い演奏。名曲《木枯らし》の素晴らしさには言葉もありません。圧巻の演奏でした。
この日のプログラムは以下の内容です。
ピアノ:伊藤恵
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番ハ長調 Op.53「ワルトシュタイン」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番ヘ短調 Op.57「熱情(アパッショナータ)」
《休憩》
シューマン:アラベスク Op.18
ショパン:12のエチュード Op.25
《アンコール》
シューマン:子供の情景 Op.15 より 第7曲 トロイメライ(夢) ヘ長調
明日1日置いて、3日間連続でピアノを聴きます。アンジェラ・ヒューイットの大プロジェクトのバッハ全曲演奏シリーズも全12回のうち、第5回、第6回のコンサートです。これで半分になります。今回は平均律クラヴィール曲集第1巻、ゴルトベルク変奏曲という傑作中の傑作です。期待するなというほうが無理です。CDで予習する限り、ヒューイットの演奏は素晴らしいです。プロコフィエフのスペシャリスト、トラーゼのリサイタルも楽しみです。ピアノ好きには大変な1週間です。
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