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ハンブルク市立美術館:エミール・ノルデ

2018年8月22日水曜日@ハンブルク/6回目

今日はハンブルクHamburgでゆったり散策。まずはハンブルク市立美術館Hamburger Kunsthalleで名画鑑賞。
2階の常設展示室で20世紀の作品の展示を見て回っているところです。

ドイツ表現派の旗手、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの充実したコレクションを見たところです。そのキルヒナーやマックス・ベックマンと並ぶドイツ表現派のエミール・ノルデの展示室に進みます。

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エミール・ノルデはドイツ人の画家(出身地のノルデは現在はデンマーク領)で表現主義的な傾向の絵画を描きましたが、どのグループにも属さずに、あくまでも独自の道を行きました。一時、キルヒナーたちの芸術家集団のブリュッケに所属しましたが、長続きせずに1年ほどで脱退しました。彼もまた、ナチスにより、退廃芸術の烙印を押されることになります。彼はナチス党員であったにもかかわらずです。皮肉なものですね。しかし、戦後は退廃芸術家であったことがプラス方向に働き、広く社会に認められることになります。ところがまた、今年になって、彼の過去が洗い直されることになります。新しい研究でノルデがナチスに深く傾倒し、反ユダヤ主義的な動きをしていたことが分かり、にわかにノルデの作品は批判の嵐にさらされているそうです。長くドイツ首相の執務室に飾られていた2点の絵画もメルケル首相によって、取りはずされたそうです。近年、芸術家の人となりとその芸術は強くリンクされることが社会的な風潮になっています。その波に飲み込まれて、ノルデの作品も消え去る運命にあるのでしょうか。芸術家本人とその作品は一体化したものなのか、独立したものなのか。今後、深く考えていくべき問題でしょうね。とりあえず、このハンブルク市立美術館を訪れた時点では、ノルデの作品は美術館の中心的な役割を担っていました。その作品群を見ていきましょう。

エミール・ノルデの《風の中の船乗り》。1910年、ノルデ、43歳頃の作品です。
強い風を受けて傾きながら進む帆船が暗い画面の中に描かれています。大胆なタッチはファン・ゴッホの影響を感じます。色彩は暗めに渋い表現です。

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エミール・ノルデの《エルベ川のタグボート》。1910年、ノルデ、43歳頃の作品です。
もくもくと煙を上げて、荒波の中を進む船が大胆なタッチで描かれています。色彩表現も原色系ではなく、表現主義というよりもファン・ゴッホの影響を感じます。

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エミール・ノルデの《紳士と淑女(赤い室内)》。1911年、ノルデ、44歳頃の作品です。
赤い部屋の中でワイングラスを挟んで座る正装の男女が極めて単純化されたフォルムと簡明な色彩で描かれています。まさにドイツ表現主義の王道をいくような作品です。

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エミール・ノルデの《エジプトの聖マリア(三連祭壇画)》。1912年、ノルデ、45歳頃の作品です。
3部構成の作品は、エジプトのマリアのあまり知られていない伝説を描いています。エジプトのマリアはキリスト教の聖人で、特に正教会で、第一の聖人の聖母マリアに次ぐ第二の聖人とも呼ばれ、極めて篤く崇敬されているそうです。ノルデはこの頃、宗教を題材とした作品に取り組んでいました。表現主義はいかにも宗教画には不似合いな感じですが、それを逆手にとって、視覚的な魅力を排除して、本質的な価値に踏み込もうとした意欲作ですが、意外に絵画ファンにも受け入れられました。

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三連祭壇画の左側の絵画《アレクサンドリア港》です。マリアは、エルサレムへの巡礼を決心するまで、アレクサンドリアの売春婦でした。淫蕩にふける裸のマリアが実に表現主義的に描き出されています。

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三連祭壇画の中央の絵画《転換》です。マリアは、聖墳墓教会の入り口で立ち入ることができませんでした。聖母子像の前で祈りをささげ、彼女自身、キリスト教精神に目覚めた後、ようやく、立ち入ることができました。赤いドレスのマリアの一心不乱の必死な姿が見事に表現されています。

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三連祭壇画の右側の絵画《砂漠での死》です。数年後、マリアは砂漠で後悔して亡くなり、パレスチナの聖ゾシマがマリアを発見しました。彼がまだ彼女を埋めることを考えている間に、ライオンが来て、彼の足で墓を掘りました。荘厳なシーンが描き切れています。ここまでくると、表現手法が何かよりも、どこまで本質的な内容に迫っているかが重要であることが分かります。

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以上の三連祭壇画はハンブルク市立美術館の至宝であり、ノルデ自身もこの作品がこの美術館に収められることを望んでいたそうです。


エミール・ノルデの《海 VI 》。1915年、ノルデ、48歳頃の作品です。
海の荒波が主題です。バルト海でしょうか。出身地近くのせいか、よくよく海を描いていますね。それも表現主義ではない描き方に思えます。素直に自然に向かい合えたのでしょう。

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エミール・ノルデの《青いアイリスII》。1915年、ノルデ、48歳頃の作品です。
原色系の色彩が目立ちます。それも主題の青いアイリスよりも赤が強烈です。フォルムも単純化されています。ですが、何故か、それほど表現主義的には感じません。不思議です。

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エミール・ノルデの《ヒュルトフト・ホフHÜLLTOFT HOF》。1932年、ノルデ、65歳頃の作品です。
悲観的で脅迫的で、空は広大な沼地の上にアーチ状になっています。あちこちで、明るいレモンイエローが、薄められたオイルペイントで塗られた雲の灰色を突き破り、雷のような不吉な気分を強めます。画面の下端では、農家、ヒュルトフト・ホフHÜLLTOFT HOFは明るい色のスポットとしてうずくまっています。エミール・ノルデは、1926年にドイツとデンマークの国境近くに定住して以来、そばに建つ穀物倉庫の明るいオレンジ色で強調された特徴的な白い納屋の扉がある隣の建物(ヒュルトフト・ホフ)の南にある自分の土地シービュールからこの景色を見ていました。こういう作品も表現主義と呼ぶのでしょうか。ちょっとイメージが違いますね。なかなか美しい絵画です。

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ノルデの力作が並んでいました。これらの絵画もノルデの個人としての評価の凋落とともに消え去るとしたら、残念なことです。まあ、しかし、それも運命かな。
いよいよ、20世紀の作品も残り少なくなり、クレーの名画との対面が近くなってきました。それを見るためにこの美術館を訪れたようなものです。



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