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フェドセーエフ/チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ@サントリーホール 2012.10.15

今日は巨匠フェドセーエフ80歳記念ツアーと銘打ったコンサートです。やはり、チャイコフスキーは本場ロシアの指揮者とオーケストラで聴いてみたいものです。最近では、テミルカーノフ/サンクト・ペテルブルグ交響楽団やプレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団とかはなかなかの名演を聴かせてくれました。もちろん、ゲルギエフ/マリインスキー歌劇場管弦楽団は別格ですけどね。
フェドセーエフはロシアだけでなく、ウィーンでも活躍していますが、これまで聴く機会がなく、今回が初聴きになります。80歳を超えた指揮者は現在、そうはいませんが、ハイティンク、アーノンクール、プレートルなど敬愛する指揮者ばかりです。saraiの偏見ですが、指揮者とピアニストは80歳を超えて、本当の音楽家としての境地に達すると思っています。そういう意味で、80歳に達するのを楽しみに待っている音楽家も何人かいます。指揮者とピアニストは長生きも才能のひとつでしょう。そういうことで、今日も80歳になったフェドセーエフのコンサートに駆けつけることにしました。オール・チャイコフスキー・プログラムというのも期待の一つです。
予習もムラヴィンスキー、スヴェトラーノフというロシアの2大巨匠で「弦楽のためのセレナード 」、「悲愴」をきっちり聴きこみました。さすがにムラヴィンスキーは録音は古くても、心の奥底まで訴えてくる力があります。さて、今日のフェドセーエフはどうでしょう。フェドセーエフは「悲愴」を自筆譜に基づいて演奏していることで知られていますから、今日の演奏もきっとそうなるんでしょう。自筆譜に基づいた演奏の大きな特徴は第4楽章が通常のアダージョからアンダンテに変わることです。したがって、演奏時間も10分程度と通常に比べて、1~2分早まり、あっさりとした表現になる筈です。心して聴いてみましょう。

今日のプログラムは以下です。

  指揮:ウラディーミル・フェドセーエフ
  管弦楽:チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)

  ~オール・チャイコフスキー~
  「エフゲニ・オネーギン」より3つのシンフォニック・パラフレーズ(フェドセーエフ選曲)
    ・イントロダクション ・ワルツ ・ポロネーズ
  弦楽のためのセレナード ハ長調 op.48

《休憩》

  交響曲第6番 ロ短調 op.74「悲愴」

   《アンコール》
チャイコフスキー:バレエ音楽《眠りの森の美女》~パノラマ
    チャイコフスキー:バレエ音楽《白鳥の湖》~スペインの踊り

まず、歌劇《エウゲニ・オネーギン》からの3曲です。来年の4月にウィーン国立歌劇場でこのオペラを見る予定なので、耳なじみにいいでしょう。最初は第1幕冒頭の音楽です。暗く沈んで、このドラマの先行きを暗示しています。弦が中心ですが、アンサンブルが完璧ではないのが残念です。それに高音弦の透き通った響きがないのも不満ですが、逆に低音弦を中心に分厚いサウンドできっちりした演奏です。初めはロシア的な響きかとも思いましたが、そういうわけでもなさそうです。分厚い響きを除けば、結構モダンな演奏に思えます。もっとも弦の配置はロシア型の対向配置で、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと並び、コントラバスは管楽器群の後ろの台の上に陣取っています。
第1曲は繊細な響きでいい感じです。第2曲はワルツです。華やかですが、屈折のある明るさです。第3曲はよく独立して演奏される有名なポロネーズです。オペラでは、華やかな舞踏会のシーンで圧倒される音楽ですが、フェドセーエフも思い切ってドライブし、オペラの場面を想像しながら、気持ち良く聴けました。コンサートの幕開けには、打ってつけの選曲でした。まあ、軽く始まったというところです。

次は、管楽器奏者が退場し、《弦楽のためのセレナーデ》です。予習したムラヴィンスキーの演奏では、セレナーデなんていう軽いノリの音楽ではなくて、とても深い精神性に満ちた音楽で、形式はともかくとしても、交響曲といっても差し支えのない大変な傑作です。今日の演奏は、よくも悪くもやはり、セレナーデでした。ただ、美しさだけを求めた演奏ではありませんでした。特に第3楽章の切々とした響きは心に迫るものがありました。後半の低弦のピチカートに乗って、第1ヴァイオリンが深い歌を歌うところは何という美しさでしょう。
これで前半は終了。満足でしたが、少し物足りない感じもありました。

休憩後、《悲愴》です。第1楽章は実に暗い表情で抑えた表現です。無理のない自然な演奏とも言えます。もちろん、曲の抑揚はありますが、いかにも朴訥とした感じで派手さのかけらもありません。聴きながら、色々と考えてしまいました。スコア通りに抑えた自然な演奏をするので、聴衆のほうから音楽に近づいてきて、それぞれの心の中でこの音楽を咀嚼して欲しいというメッセージなんでしょうか。それはそれで理解できます。いわゆる押しつけがましい演奏、自己陶酔型の演奏の対極を行くわけです。演奏家は作曲家と聴き手の間をダイレクトにつなぐためのパスとしてだけ存在し、出来る限り、作曲家の書いたスコアを忠実に再現するという黒子的な存在に徹するという、ある意味、困難な作業を行うわけです。その理解が正しいかどうかは分かりませんが、精神的な意味で身を乗り出して、音楽に没頭することになりました。音楽の細かいニュアンスは自分で聴きとるのみです。第2楽章は美しい音楽ですが、それでもやはり抑えた表現が続き、自分から音楽を聴きとる作業を続けます。こういう演奏もあるのだと、この時点までは納得して聴いていました。何といっても、こういう演奏は退屈する暇がないという利点があります。自分なりに音楽を理解するので手一杯で退屈する暇なんてありません。特に《悲愴》のような聴きなれた超有名曲だと、単に美しい演奏は退屈することもありますからね。妙な聴き方かも知れませんが、実は音楽に接近するための本質的な聴き方のような気もします。
ところがです。第3楽章にはいると、状況が一変します。フェドセーエフが抑えていた手綱を開放し、オーケストラを響かせ始めたんです。繊細な響きですが、勢いのある演奏が始まりました。そして、徐々に頂点に上り詰めます。今までが抑えた表現だったので、余計に解放感があり、響きに酔いしれます。そして、第4楽章です。《悲愴》の看板とも言っていい部分です。そうそう、自筆譜に基づいたアンダンテのテンポなんですね。聴いていても少し速いかなと思うくらいで自然な演奏です。それよりも、演奏が切々とした調子ではなく、哀しい響きながら、ボリューム感のたっぷりとした分厚い響きなんです。ここに至って、今日の演奏の骨格がようやく理解できました。フェドセーエフは第1楽章から第4楽章までを全開でドライブしないで、第2楽章まではきっちりと抑えた演奏をして、第3楽章から盛り上げ始め、第4楽章に頂点を持ってこようという周到な設計をしていたようです。通常の《悲愴》の演奏とはずい分と違った演奏です。通常は第1楽章から第3楽章までを美しく、そして、激しく歌い上げ、一転して、第4楽章はテンポを落とし、抑えた響きで切々と迫るというのが定番でしょう。saraiもフェドセーエフの引いた設計図にまんまと乗り、第2楽章までは気をそそられ、第3楽章で解放され、そして、第4楽章で圧倒されるということになりました。第4楽章は終始、美しい響きで満たされ、高揚感を味わえました。フィナーレですが、低弦の強い響きが鼓動のように続きながらのエンディング。消え入るようにではありません。弔いの鐘のように銅鑼がなり、金管もそれに続いた後、通常は悲劇の幕引きのように弦が小さな響きで消え入るように人の最期を悲しんで終わるというところですが、今日の演奏は違うメッセージを感じます。人は悲劇的な運命にあったとしても、じっとそれに耐えて、生き抜くだけだという感じに聴こえます。それは《悲愴》の正しい解釈なのかもしれません。フェドセーエフが自筆譜を読みこなした結果がこれだったんでしょうか・・・。
以上はsaraiの勝手な深読み、あるいは誤解かも知れません。しかし、演奏を聴いた後の感動は確かにありました。いつもとは違う《悲愴》で感じるところも大いにありました。これをCDで聴いたら、きっと第2楽章までが物足りなくて、第3、第4楽章がよかったという感じになりそうな気がしますが、生演奏で聴けば、後半に盛り上がる演奏に満足して、感動ということになります。実際、第4楽章が終わった後、しばしの静寂があり、その後、聴衆は拍手と歓呼でフェドセーエフを称えました。アンコールのバレエ曲も思いっきり、美しく、激しく演奏され、本番以上の演奏でした。サントリーホール恒例?の指揮者のみのカーテンコールでしめくくり、聴衆と音楽家の心が触れ合う感動のコンサートとなりました。
最後に書き忘れていました。第4楽章のテンポですが、聴いていてもよく分かりませんでしたが、時間を計測すると約10分でした。規範?とされるムラヴィンスキーの1960年のDG録音も10分弱ですから、変わりませんね。これって、どういうことでしょうね?



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この記事へのコメント

1, AMATIさん 2012/10/18 10:40
感想読ませていただきました。主催者として、とても嬉しくまた今後の企画に参考になるありがたい内容でした。ありがとうございます。ひとつだけお伝えしたく、投稿させていただきます。

「人は悲劇的な運命にあったとしても、じっとそれに耐えて、生き抜くだけだ」

という想いを感じてくださったとのことですが、マエストロがまさにそのようなことをおっしゃっていたので、そのことをお伝えさせて下さい。マエストロにもそう感じてくださったお客様がいらして書き込みをしてたくさんの方に伝えてくれていました、と伝えます。
御来場ありがとうございました。



2, saraiさん 2012/10/18 13:59
AMATIのスタッフのかたからのメッセージ、ありがとうございます。
マエストロにもよろしくお伝えください。機会があれば、ウィーンでマエストロの指揮するウィーン交響楽団のコンサートにも足を運びます。今年の定期演奏会のオープニングコンサートは素晴らしかったようですね。

なお、聴衆の一人として、演奏家のかたと思いを同じくできることは、コンサート通いをする一番の喜びです。嬉しくコメントを読ませていただきました。

ところでAMATIの活動も注目しています。特に菊池洋子、パク・ヘユンは目が離せません。今後ともよい音楽を聴かせてくださいね。
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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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オペラ・美術が大好きでヨーロッパの旅にはまっています。音楽の聖地ウィーンが中心で、イタリア、フランス、ドイツも巡っています。国内外のオペラ・コンサートの体験もレポートします。

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09/27 14:15 sarai

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