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ウィーン美術史美術館:クラナッハ、アルトドルファー、ホルバイン、デューラー

2019年9月29日日曜日@ウィーン/6回目

今日は旅の最終日。ウィーンの最終日でもあります。もう、今晩は飛行機で帰国の途につきます。しかし、その前に精一杯、ウィーンの1日を楽しみます。
最後のウィーンの街歩き中で、ウィーン美術史美術館Kunsthistorisches Museum Wienを訪れています。名作絵画の数々を見ていきます。

ルーカス・クラナッハLucas Cranach der Ältereの1535年、62歳頃の作品、《ザクセンの3人の王女、シビラ(1515-92)、エミリア(1516-91)、シドニア(1518-75)、フロムメン公ハインリヒの娘 Drei sächsische Prinzessinnen, Sibylla (1515-92), Emilia (1516-91) und Sidonia (1518-75), Töchter von Herzog Heinrich von Frommen》です。クラナッハトはドイツ、ヴィッテンベルクに工房を構え、当地の領主ザクセン選帝侯フリードリヒ3世に御用絵師として仕えました。この作品に描かれている3王女は、ハインリヒ4世(Heinrich IV., 1473年3月16日 - 1541年8月18日)の姫君たちです。ハインリヒ4世はアルベルティン系のザクセン公(在位:1539年 - 1541年)で、ハインリヒ敬虔公(Heinrich der Fromme)の呼び名で知られています。この絵が描かれたときはハインリヒ4世はまだ、ザクセン公を継承していませんでした。絵に描かれているのは、右から順にシビラ、エミリア、シドニアで、長女のシビラが20歳頃ですね。とりわけ、シビラの美しさが際立っています。彼女がクラナッハの名作、《サロメ》のモデルと言われています。saraiは傑作《ユーディット》のモデルでもないかと秘かに思っています。後で登場するので、みなさんもよく見てくださいね。

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アルブレヒト・アルトドルファーAlbrecht Altdorfer(1480年頃 ‐ 1538年)の1537年、57歳頃の作品、《ロトと彼の娘Lot und seine Töchter》です。アルトドルファーは、16世紀前半に活動したドイツの画家で、ドナウ派の代表的画家でした。
この作品のテーマはロトとその娘です。彼らのエピソードは『旧約聖書』「創世記」11章から14章で語られています。ロトとその家族はイスラエルのソドムの町に住んでいました。その当時ソドムの町とその近隣のゴモラの町は神を敬わない人が多く、風紀が著しく乱れており、神は怒り、二つの町を滅ぼそうと決めました。しかし、ロトは義人であったために神は天使を遣わせて町から事前に逃げるよう命じます。生き残ったロトと娘らは洞窟に住むことになりましたが、二人の娘には結婚相手を見つける術がなかったので、父親であるロトを酒に酔わせて近親相姦によって身ごもります。この作品では娘が父に性的アピールをするシーンが描かれています。この作品はアルトドルファーの最後期のもので、彼はドナウ派の作風から脱却し、国際的なマニュエリスムの作風に転換した記念碑的なものだと言われています。

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ルーカス・クラナッハLucas Cranach der Ältereの1530年、57歳頃の作品、《ホロフェルネスの首を持つユディット Judith mit dem Haupt des Holofernes》です。ユディットという女性を巡る物語は、旧約聖書の「ユディト記」に出てきます。アッシリア王ネブカドネサルが、敵対する国に討伐軍を差し向け、ユダヤにはホロフェルネスが差し向けられます。その時に一人の女性ユディットが立ち上がり、敵軍の陣地に忍び込み、敵将ホロフェルネスの首をはねてしまいます。将軍を失った敵軍は退却し、ユダヤは勝利します。構図は似ていても、サロメの邪悪さとは一線を画します。そのため、上流の貴婦人の肖像画として、このユディットが高貴さの象徴に使われたようです。で、saraiの説、このユディットのモデルはハインリヒ4世の姫君のシビラであるというのはいかがでしょうか。この作品はこの美術館でsaraiが最も愛する作品です。クラナッハの作品のなかでも最愛の作品です。何と言ってもユディットの美しいこと! 女性を描かせたら天下一品のクラナッハの一世一代の傑作です。

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ハンス・ホルバインHans Holbein (der Jüngere)( 1497年/1498年 - 1543年)の1543年、45歳頃の作品、《国王ヘンリー8世の主治医、ジョン・チェンバース Dr. John Chambers, Leibarzt König Heinrichs VIII.》です。ハンス・ホルバインは、ルネサンス期のドイツの画家です。南ドイツのアウクスブルクに生まれ、後にイングランドで活動しました。国際的に活躍した肖像画家として著名です。この作品は最晩年に描かれた肖像画として、ホルバインの傑作と言えます。描かれた医師ジョン・チェンバースの年齢は88歳と誤って描かれていますが、実際は73歳でした。極めてシンプルに描いた構図で医師の内面に迫る迫真の肖像画に仕上げています。

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ハンス・ホルバインHans Holbein (der Jüngere)の1536年、38歳頃の作品、《ジェーン・シーモアの肖像 Jane Seymour》です。ジェーン・シーモアJane Seymour(1508年 - 1537年10月24日)は、イングランド王ヘンリー8世の3番目の王妃で、エドワード6世の生母です。 1536年の2番目の王妃アン・ブーリンの刑死後、ヘンリー8世と結婚し、翌1537年に男子(後のエドワード6世)を出産しましたが、その月のうちに産褥死しました。ヘンリー8世は世継ぎの男子を産んだジェーンに感謝を込めて、6人の王妃のうちでただ一人、ウィンザー城内の王室霊廟において隣に眠ることを許しました。この肖像画には王妃になった頃のジェーン・シーモアが描かれています。

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アルブレヒト・デューラーAlbrecht Dürer(1471年5月21日 - 1528年4月6日)の1519年、48歳頃の作品、《皇帝マクシミリアン1世 Kaiser Maximilian I.》です。アルブレヒト・デューラーはドイツのルネサンス期の画家です。説明の不要な大画家ですね。この作品は皇帝マクシミリアン1世の亡くなった年に描かれたものです。その前年、1518年6月にアウグスブルクの国会議事堂でデューラーとマクシミリアン1世が会ったときに描いた肖像画をもとに完成させました。実に威厳のある君主の風格を描き出した傑作です。

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アルブレヒト・デューラーAlbrecht Dürerの1505年、34歳頃の作品、《若いヴェネツィアの女性の肖像Brustbild einer jungen Venezianerin》です。この作品は彼の2回目のイタリア訪問の際に描かれたものです。他にも多くの上流階級の人々の肖像画が描かれました。イタリア旅行中に巨匠、ジョヴァンニ・ベッリーニに魅了され、友人となりました。この作品でもヴェネチア派の影響を受けて、柔らかなモデリング、劇的な明暗の対比、鮮やかな色彩と色調が見られます。この絵のモデルは不明ですが、おそらく、ヴェネチアの女性のようです。なお、この作品は、1923年にリトアニアの個人コレクションで発見されるまで、デューラーの真筆として認定されていなかったそうです。

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まだ、16世紀ドイツ絵画の傑作群は続きます。



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