庄司紗矢香と仲間たちによる高貴な芸術の香りに深く感銘@サントリーホール 2023.9.25 (完成版)
庄司紗矢香の奏でる音楽はもはや音楽という範疇を超えて、高貴な芸術の香りを天空の彼方から伝えてくれる巫女のような存在に思えます。今回はフランス音楽の衣を纏って、何とも香り立つような芸術の真髄を感じさせてくれました。実はこれ以上のことを書くことはエセ芸術信奉家のsaraiには到底、無理なのですが、素人故の恥知らずで芸術論議を書いてみましょう。
まずは、圧倒的な名演だった後半のショーソンのヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲についてです。
これはプルーストに登場願ったほうがよさそうです。プルーストの《失われた時を求めて》の中にヴァントゥイユの七重奏曲を聴くシーンが描かれていますが、そこで人が音楽を芸術として受容するとはどういうことかについて、長々と論じられています。今日の演奏はまさにそのとおりのような演奏でした。ここにプルーストがいれば、この演奏について、数十ページの論述を書き連ねてくれたことでしょう。しかし、昨年2022年がプルースト没後100年でした。いまさら、生き返ってくれるものでなく、恐れながら、saraiがなりかわって、駄文を書くしかありません。
第1楽章、ピアノが強い打鍵で主となる動機を奏でて、それを弦楽四重奏が引き継いで、動機を主題に発展させます。そして、その主題を庄司紗矢香が引き継いで演奏しますが、最初は何とも物足りない感じなんです。しかし、彼女が弾いていくうちにその主題は美しく磨き上げられます。これこそ、プルーストがヴァントゥイユのソナタの中で繰り返し、憧れ続けた小楽節のように光り輝きます。それはどれほど繰り返されても色褪せることなく、転調されるたびに更に輝きを放っていきます。庄司紗矢香を中心に色んな楽器の組み合わせで発展させられていく小楽節に魅了されながら、長大な楽章が終わります。
第2楽章、シシリエンヌの旋律が庄司紗矢香のヴァイオリンを中心に抒情に満ちた響きをかそけく聴かせてくれます。詩情に満ちた世界に感銘を受けます。
第3楽章、半音階で特異な印象の音楽が荘重に奏されていきます。その中でも庄司紗矢香のヴァイオリンが輝きを放っています。
第4楽章、早いテンポで音楽が奏でられて、色んな旋律も回想されて、華やかに音楽が高潮して、この複雑な構成の音楽の幕が閉じます。
この庄司紗矢香と仲間たちの冴えた演奏は何と表現すればいいのでしょう。フランス的なエスプリ、高貴な芸術の昇華、いずれにせよ、あり得ないような音楽的技量を発揮して、その演奏した音楽はまるで夢のようなポエムです。プルーストが提起した「芸術の中には人生よりももっと深い現実が存在するのだろうか」という根源的な問いに答えてくれるような演奏と音楽ではなかったかと自分の心に刻み付けるような時間でした。sarai流に言い換えるならば、この音楽が奏されている時間には、saraiは現実を離れて、芸術の中に現実では味わうことのできないもう一つの人生を生きていたような気がします。それはとても深い精神的な体験でした。こういう稀有な時間を体験させてくれた庄司紗矢香と仲間たちに特別な感謝を送りたい気持ちです。
さて、前半のプログラムに戻りましょう。
まず、武満徹の妖精の距離ですが、詩の朗読に続いて、その余韻の中にグローヴナーの美しいピアノの響きと庄司紗矢香の少し耳障りな弦をこする音のするヴァイオリンの響きで、武満徹のドビュッシー的な感覚の音楽が展開されます。一つの主題が少しずつ変容しながら繰り返されます。庄司紗矢香はあえて、ただ美しいだけのヴァイオリンの響きを抑えて、独特な美を発散させます。彼女がバッハの無伴奏でも用いた表現ですが、厳しく、音楽の本質に切り込むような魂の燃焼を感じさせます。聴く者は彼女の演奏に対峙して、真剣勝負するような気持ちになります。主題のさまざまな変容は高潮したり、沈潜したり、自在な演奏に翻弄されながら、詩情に満ちた時間を過ごしました。武満徹の若き日の傑作に心が昂ぶりました。
次はそのまま続けて、ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタが演奏されます。これは深く内容に触れませんが、最高に素晴らしい演奏でした。ドビュッシーが苦しい闘病の中、残した最後の作品とは信じられない清澄さを湛えた美しい音楽です。この素晴らしい演奏だけは多くを語らず、そっと心の奥にしまっておきたい・・・そんな演奏でした。お察しください。
前半の最後はモディリアーニ弦楽四重奏団が登場して、ラヴェルの若き日の名作、弦楽四重奏曲を演奏します。この曲はsaraiの最近のお気に入りの曲のひとつです。それというのも、今回も予習で聴きましたが、エベーヌ・クァルテットの最高の演奏をCDで聴いて、この曲の何たるかが分かったんです。エベーヌ・クァルテットの実演で聴きたい曲、No.1です。さて、モディリアーニ弦楽四重奏団の演奏はエベーヌ・クァルテットと同じくフランス風ですが、全く性格を異にする演奏。エベーヌ・クァルテットは粋で派手で明確な素晴らしい演奏ですが、モディリアーニ弦楽四重奏団はエスプリを内に秘めて、内向的な演奏です。コンセルヴァトワール出身の彼らは無論、フランス的な雰囲気そのものの演奏で高貴な奥ゆかしさに満ちています。これはこれでまったく納得できる演奏です。ただ、ある意味、受容するのが難しい音楽かもしれません。この曲をさらに聴き込んでいけば、彼らの演奏の素晴らしさの一端が理解できるのかもしれません。庄司紗矢香があえて、フランスの仲間たちとして、彼らと行動を共にしたのも分かるような気がします。庄司紗矢香が内向的な音楽をフランス音楽に求めているのかもしれません。
庄司紗矢香の芸術的な進歩が体感できるコンサートでした。庄司紗矢香は次に11月、イスラエル・フィルと共演するベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴きます。きっと内省的な演奏になるような予感がします。
今日のプログラムは以下のとおりです。
庄司紗矢香「フランスの風」
ヴァイオリン:庄司紗矢香
モディリアーニ弦楽四重奏団
ピアノ:ベンジャミン・グローヴナー
詩の朗読 瀧口修造:妖精の距離 (朗読:大竹直)
武満徹:妖精の距離
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ
ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
《休憩》
ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲 ニ長調 Op. 21
最後に予習について、まとめておきます。
1曲目の武満徹の妖精の距離を予習したCDは以下です。
デュオ・ガッツァーナ 2011年3月、 スイス・イタリア語放送オーディトリオ、ルガーノ、スイス セッション録音
姉妹デュオ、ナターシャとラファエラ・ガッツァーナによる見事な演奏。
2曲目のドビュッシーのヴァイオリン・ソナタを予習した演奏は以下です。
オーギュスタン・デュメイ、マリア・ジョアン・ピリス 1993年9、10月、 ミュンヘン セッション録音
デュメイの名演。
3曲目のラヴェルの弦楽四重奏曲を予習したCDは以下です。
エベーヌ・クァルテット 2008年2月 セッション録音
これは素晴らし過ぎる演奏です。冒頭から美しい響きに魅了されます。音楽的表現も最高です。この作品の本命盤でしょう。
4曲目のショーソンのヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲を予習したCDは以下です。
イザベル・ファウスト、アレクサンドル・メルニコフ、サラゴン・カルテット 2016年6月、9月/テルデックス・スタジオ・ベルリン セッション録音
ファウストが「ヴュータン」と愛称のついたストラディヴァリで美しくも繊細な演奏を聴かせ、2004年結成、18世紀のレパートリーを中心に活動を展開する中堅のアンサンブル、サラゴン・カルテットもしっかりとファウストの独奏ヴァイオリンを支えます。メルニコフはいつも演奏を共にするファウストと息の合ったピアノの響きで、この録音の少ない名曲を気持ちよく聴かせてくれます。
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