破滅の予感:ゲルギエフ+マリインスキー歌劇場管弦楽団@サントリーホール 2014.10.14
ショスタコーヴィチの交響曲第8番はいわゆる戦争交響曲の中核をなす作品で、第2次世界大戦の独露戦線の終盤にさしかかる頃に作曲されました。ゲルギエフは戦争交響曲を第4番から第9番までに拡大して捉え、これまでも力を入れてきました。この第8番もたびたび取り上げてきた作品で、力演を期待していました。ブログ表題の《破滅の予感》は、第4楽章、第5楽章で、作曲家と演奏家が戦争の果てにあるものをどう表現しようとしたかをsaraiが受け止めた結果です。決して、演奏が破綻しそうだったという意味ではありません(笑い)。
第1楽章から第3楽章までは、大変、暴力的・破壊的な音楽が心に突き刺さります。まあ、誰が演奏しても、この曲は暴力的・破壊的ですが、今日の演奏はメリハリを付けて、暴力的・破壊的な部分に焦点を合わせたような演奏です。ですから、その部分に差し掛かると事前に分かっているにも関わらず、大変な衝撃を受けます。精神的だけでなく、肉体的にも、心臓が震えます。戦争というものがこんなに暴力的・破壊的で非人間的なものか、戦争体験のないsaraiには正直、分かりませんが、痛切に心が痛む音楽です。第3楽章から第4楽章へは続いて演奏されますが、その経過部分はまさに地獄のふたが開いたという感じの恐怖感に襲われる音楽の大爆発。そして、その後に続く第4楽章はこの交響曲の最重要パートとも思えるパッサカリアです。パッサカリアというとブラームスの交響曲第4番の終楽章のような美しい音楽を想像しますが、ショスタコーヴィチは不気味な響きの音楽です。冒頭は低弦の強い響きの上に、第2ヴァイオリンが弱い響きながら、存在感露わな異様な響きを見事に演奏します。素晴らしい音楽表現です。次第に第2ヴァイオリンの響きが明確に姿を現し、さらにヴィオラが加わり、無調的な響きで不気味さを増していきます。最後に第1ヴァイオリンも加わり、弦楽合奏で不気味な幻想を表現。戦争の果てにあるものは勝利の歓声ではなく、空虚な悲惨さだけであるかのようです。今日の演奏はこの第4楽章の演奏の素晴らしいことに驚嘆しました。あのムラヴィンスキーのCDにも匹敵する最高の演奏です。この第4楽章までで、《戦争》は終わりを告げます。続いて演奏される第5楽章はいつも解釈が難しい部分です。ベルリオーズの《幻想交響曲》の終楽章のようにエピローグなのかしらとも思いますが、今日の演奏ではどう表現されるか、固唾を飲んで、聴き入ります。交響曲第8番はハ短調の暗く激しい曲ですが、第5楽章はハ長調で始まり、見かけ上、明るい色彩です。しかし、ショスタコーヴィチの音楽の特徴である2面性に満ちていて、見かけ上の明るさの底流には暗いドロドロとしたものがはっきりと表現される演奏です。不安感と言ってもいいかもしれません。そのドロドロとした不安感が次第に強まっていき、頂点で爆発します。第1楽章の暴力的・破壊的な音楽が回帰します。ここに至り、この第5楽章の意味合いが明確になります。戦争が終わっての見せかけの平和は砕け散り、《破滅の予感》が示されます。第2次世界大戦はそれまでの戦争とは異なりました。暴力的・破壊的な人間の本能がそれまで築き上げられた安定した社会・文化を木端微塵に粉砕できることを如実に示しました。このショスタコーヴィチの交響曲第8番は第2次世界大戦後の人間社会への《破滅の予感》の警告です。saraiは幸運にも戦争を知らずに(実際には世界は平和ではありませんでしたが)に暮らしてきましたが、今はかりそめの平和。フロイトが言うように人間の欲望、それも暴力的な本能がいつか牙をむくか、分からないわけで、それは明日かもしれない。第5楽章を終えると、思わず、戦慄を覚えました。約70年前に作曲された音楽ですが、恐怖に満ちた音楽は今日なお、現代的です。第2次世界大戦は芸術を超えた芸術を生みました。美術ではピカソの《ゲルニカ》。音楽では、バルトークの《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》に並び、この作品が限界状況を感じさせられるものです。
繰り返しますが、今日の演奏は大変な名演でした。特に第4楽章から第5楽章は忘れられないような演奏でした。
このコンサートに向けて、予習したのは以下。
キリル・コンドラシン指揮/モスクワ・フィル(1961年?)。
クルト・ザンデルリンク指揮/ベルリン・フィル(1997年)。 CDではなく、NHKの放送録画。
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィル(1982年)。
ベルナルト・ハイティンク指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1983年)。
コンドラシンは古い録音ですが、火の玉のような熱い演奏に感動します。第1楽章のスネアドラムが鳴るところでは興奮のあまり、感涙しました。ザンデルリンクの指揮の見事さ・迫力には驚嘆します。冷戦を生き抜いてきた人がベルリンの壁崩壊の後、まさかベルリン・フィルを振って、こんな凄絶な演奏をするとは・・・絶句です。最高の演奏です。ムラヴィンスキーはこの曲を初演した人ですが、初演の約40年後にこんな凄い演奏をしたとはね。この演奏は規範となるべき演奏でしょう。ハイティンクはロシア人指揮者以外では初めて、ショスタコーヴィチの交響曲全集を録音しましたが、この第8番はなかでも得意中の得意。素晴らしい演奏に聴き惚れます。なお、以前聴いたネーメ・ヤルヴィ指揮ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団も素晴らしい演奏でした。あっ、肝心のゲルギエフが抜けています。彼はマリインスキー歌劇場管弦楽団と2回録音しています。最近録音したCDが期待できそうです。今回はあえて事前には聴きませんでした。そのうちに聴きましょう。
ところで今日は最初にブラームスのピアノ協奏曲第2番が演奏されました。ピアノのネルソン・フレイレを生で聴くのは初めてでしたが、第1楽章から第2楽章はピアノの強奏時の響きが悪く、あまり感心しませんでしたが、第3楽章の抒情的なフレーズから音の響きや表現も素晴らしくなり、第4楽章は強奏も含めて、なかなかの演奏でした。第1楽章から第2楽章の響きの悪さが惜しまれる演奏でした。ゲルギエフ指揮のオーケストラもブラームスを十全に表現しているとは言い難い感じ。まあ、全体として、もう一つでした。
そうそう、アンコールのワーグナーは実に壮大な演奏で素晴らしいものでした。さすがにオペラはお手の物ですね。
今日のプログラムは以下です。
指揮:ワレリー・ゲルギエフ
ピアノ:ネルソン・フレイレ
管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 Op.83
《アンコール》ピアノ・ソロ
グルック/ズガン・バーティー編:歌劇『オルフェオとエウリディーチェ』から「精霊の踊り」
《休憩》
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 Op.65
《アンコール》
ワーグナー:歌劇『ローエングリン』から第一幕への前奏曲
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