しかし、前半のプログラム、ショパンの夜想曲とピアノ・ソナタ第2番「葬送」はツィメルマンのレベルで考えると、もう一つ、期待外れの演奏です。並みのピアニストならば合格点なのでしょうが、彼なら、うーんと唸らせる演奏を聴きたいものです。ピアノ・ソナタ第2番「葬送」は美しい響きも情熱的なダイナミズムもありましたが、どうしてもホロヴィッツの硬質な響きの名演やアルゲリッチの天才的なひらめきの演奏が頭をよぎってしまいます。これがツィメルマンのショパンだという強烈なメッセージが聴きたかったんです。
ところが、やはり、ツィメルマンは只者ではありません。後半のプログラムでsaraiの不満を一掃してくれました。
まず、ドビュッシーの版画。3曲からなる曲集です。1曲目の塔(パゴダ)はガムラン音楽、2曲目のグラナダの夕べはスペイン音楽、3曲目の雨の庭はフランス童謡の引用 という世界各地の音楽から霊感を得たものですが、その研ぎ澄まされたピアノの響きの美しさに感銘を受けます。特に高域の音の響きの美しさときたら、耳が洗われる思いです。ドビュッシーの音楽そのものが素晴らしいのですが、それを表現するツィメルマンの音楽的感性も見事なんです。ただ、これはまだ序の口でした。
最後のシマノフスキのポーランド民謡の主題による変奏曲は表題で予想する音楽の枠を大きく超えた音楽でした。もっとも、ツィメルマンが昨年録音したCDでは標題通りの変奏曲に収まった演奏でした。ですから、今日のライヴ演奏が凄かったんです。曲の途中からは変奏曲というよりも《幻想曲》という標題のほうがふさわしいと思いながら聴いていました。同じポーランドのショパンよりもシューマンの音楽を継承するような魅力に満ちた音楽です。民俗的な音楽などではありません。ツィメルマンはスケールの大きい演奏で、熱く燃え上がるような情熱に満ちた音楽を聴かせてくれます。とりわけ、第8変奏の葬送行進曲からの音楽の盛り上がりは半端なものではありません。そして、第10変奏のフィナーレで音楽は最高に高潮し、白熱していきます。圧巻のコーダに感動します。これは一期一会のライヴ演奏です。ライヴで聴く楽しみはここにあります。決してCDなどでは味わえないスリルと興奮に満ちた音楽の世界です。
アンコールのラフマニノフの前奏曲 Op.23-4も極めて美しい演奏でした。うっとりと聴き入りました。1959年のワルシャワでのリヒテルの名演にも引けを取らない素晴らしさでした。ツィメルマンのラフマニノフもまとめて聴かせてほしいと感じます。
今日のプログラムは以下です。
ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン
ショパン:夜想曲 第2番 変ホ長調 Op.9-2
夜想曲 第5番 嬰へ長調 Op.15-2
夜想曲 第16番 変ホ長調 Op.55-2
夜想曲 第18番 ホ長調 Op.62-2
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調「葬送」Op.35
《休憩》
ドビュッシー:版画
シマノフスキ:ポーランド民謡の主題による変奏曲 Op.10
《アンコール》
ラフマニノフ:前奏曲 ニ長調 Op.23-4
最後に予習について、まとめておきます。
1~4曲目のショパンの夜想曲は以下のCDを聴きました。
イリーナ・メジューエワ ショパン:ノクターン集 (21曲) 2009年7月、9月、10月、新川文化ホール(富山県魚津市) セッション録音
素晴らしく美しい演奏です。
5曲目のショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」は以下のCDを聴きました。
イリーナ・メジューエワ 京都リサイタル 2013 & 2015 2013年11月15日、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ ライヴ録音
メジューエワの気魄の演奏です。
6曲目のドビュッシーの版画は以下のCDを聴きました。
イリーナ・メジューエワ 京都のイリーナ・メジューエワ ~ ライヴ録音集2007-2012 2012年10月19日、京都コンサートホール ライヴ録音
大変、力強い見事な演奏です。。
7曲目のシマノフスキのポーランド民謡の主題による変奏曲は以下のCDを聴きました。
クリスチャン・ツィメルマン シマノフスキ:ピアノ作品集 2022年6月18日-22日、福山、ふくやま芸術文化ホール
素晴らしく明晰な演奏で、録音も素晴らしいです。
アンコールのラフマニノフの前奏曲 Op.23-4は以下のCDを聴きました。
スヴィヤトスラフ・リヒテル 1959年4月28日~5月2日 ワルシャワ セッション録音
リヒテルは不思議なピアニスト。何とも美しいラフマニノフです。録音もステレオで素晴らしいです。なお、アンコール曲は他の会場でのコンサートで予想されたので、予習しておきました。
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